内田真弘(うちだ・まさひろ)
神奈川衛生学園専門学校教員。「心体義塾」代表。ソマティックセラピスト。東洋医学と西洋医学を融合した姿勢と呼吸の改善メソッド「胴体呼吸法」をアスリートや一般の方に指導。著書に『内田式風船エクササイズ』(日貿出版社)。『負けないメンタルとフィジカルのつくり方』(ギャラクシーブックス)。共著に『DVDでみるアスレチックマッサージの実際』(南江堂)がある。心体義塾 https://www.sintaigijuku.com/
メンタルがボロボロなアスリートや格闘家たち
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」とは、古代ローマの詩人 デキムス·ユニウス・ユウェナリスの著作「風刺詩集」に出てくる一節です。
本来の意味は「健やかな身体に、健やかな魂が宿るように祈ればいい」というものであり、身体が健康ならば精神も健康であるという断定ではないと言われています。
しかし、そもそも「人間が健全である」とはどういうことを指しているのか?という疑問は、常に私たちにつきまとっています。
私は多くのアスリートと言われる人達の指導や治療の仕事に携わらせていただいていますが、「屈強な肉体の持ち主は精神的にも屈強である」「身体を鍛えているからメンタルも強い」というのは、一般的なイメージでしかないということを日々、肌で感じています。
多くのアスリートはたくさんの挫折を体験しています。スポーツという競争社会でアスリートがサバイブしていくときには、それを経験したことがない人には想像できないようなトラウマを体験し、メンタルがボロボロになっていると言っても過言ではありません。
とくに私が多く関わっているのが「格闘技」といわれるジャンルのスポーツです。
キックボクシングのセコンドを務める内田先生
格闘技はまさに自律神経の使い方が難しいジャンルです。
ポリヴェーガル理論的に言うならば交感神経をスロットル全開で踏み込みながらも、それをヴェーガルブレーキで調整しながらからだを使いこなさなければいけないのです。
ところが格闘技というジャンルにハマる人たちはとにかく痛みに弱いのです。
「えっ?」と思われるとは思いますが、とくに打撃を主体とするジャンルの格闘技の選手ほど口をそろえて言うのが「痛いの、嫌い」なのです。
舌の位置を正しくした腹式呼吸でメンタルは安定する
では、彼らは「痛み」をどう受け入れてどのように処理しているのでしょうか。
息をひたすら上げて痛みに耐えることをどこまでキープできるか?
「最後は気持ち」という精神主義でからだを突き動かそうとする刷り込みが、どれだけ神経をすり減らし肉体を削り落とすことになるのか?
そしてすべてを出し切って真っ白な灰になるまで追い込むトレーニングがもたらすモノは何か?
私の答えは、ただ歯を食い縛り痛みに耐えるというトレーニングを積み重ねてきた選手は脆いということです。
日本のスポーツ業界は「アドレナリン至上主義」と言っても過言ではありません。
心身を休ませるという重要性を口にはしていますが、やはり「とにかく寝ずにトレーニングするくらいでなければいけない」というような強迫観念にどこかとらわれているようです。
ソマティックではからだの声に耳を傾けることを重要視しています。しかし、これを格闘家が交感神経の過覚醒状態で行う時に、実は痛いしっぺ返しをくらうのです。とくに格闘技という競技は他のスポーツと違い、「痛み」という感覚の使いこなし方が異質です。
さらに「不安」「恐怖」といかにうまく付き合えるか?ということも、格闘技では課題になります。
すると、不安を隠すためのトレーニングになってしまう選手。恐怖に駆られてしまうがゆえにそれを誤魔化すために自分を追い込む選手が現れます。
恐怖を誤魔化そうとする選手は試合にもムラがあり、試合でも勝ち負けの乱高下にもなりやすいです。そしてバーンアウトしやすいのも、こういうタイプの選手に多いと感じさせられます。
逆に、「全く怖いと感じない」と言い切る選手もいるのですが、こういう選手の多くは、腹式呼吸が自然にできています。アドレナリン全開の選手ほど腹式呼吸はできません。腹式呼吸が不安や恐怖を乗り越えるポイントとなります。
しかしここで重要であるのは、単に口を閉じて呼吸をすれば、「鼻呼吸になり、腹式呼吸になるわけではない」ということです。
風船を使った腹式呼吸のエクササイズ(詳しい方法は、書籍『内田式風船エクササイズ』を参照)
ちゃんとした腹式呼吸をするには、「舌の使い方」が肝になります。
長年指導してきた体験の中では、舌が下がり、歯を食いしばる選手ほど気分にむらが出やすく、怪我が多いというのを実感しています。
しかし、上顎に舌全体を吸いつけるようにしておけば、歯の食いしばりは困難になります。上顎に舌全体がしっかりついていると口呼吸を防ぐことができます。
そして、鼻と横隔膜の「鼻ー横隔膜反射」によって本来の腹圧をかける呼吸をすることで、姿勢、重心が安定します。これは姿勢制御とも関係があり、先行性の姿勢コントロール(APA)、運動開始後の随伴性の姿勢コントロールの両方に関わるものでもあります。
姿勢と呼吸に関わる筋肉は、インターナルコアマッスルに代表される横隔膜、腹横筋、多裂筋、骨盤隔膜(骨盤底筋群)そして腸腰筋(大腰筋)になりますが、舌骨筋群や咽頭筋群が関わることでこれらは機能します。
さらにこれらのシステムを考える上で、「ポリヴェーガル理論」を外すことはできないと私は考えています(詳しくは拙著『負けないメンタルとフィジカルのつくり方(近日発売予定)』をお読みください)。
また、「丹田」というものを想像の中の抽象的なイメージとするのか? それとも重心位置の安定する部位とするのか?ということも重要になります。
いずれにせよ「舌圧」と「腹圧」が適切に使いこなせるときこそ、腹側迷走神経複合体のコントロールによる「交感神経と背側迷走神経の中庸状態」を保てる「平常心」になります。
自律神経が交感神経の過覚醒、あるいは背側迷走神経の過覚醒といった不安定な状態ではなくなるのです。
これはスポーツ、とくに格闘技というジャンルのスポーツほど重要になります。
舌の位置が下がると、姿勢とメンタルが不安定になりやすいです。
腹式呼吸で気持ちを落ちつかせることがうまくいかない方は、一度「舌」の使い方に注意してみてください。
(終わり)
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