【連載】未来の「場」のつくり方 第5回 中編

「消化力」が人生と気づきの土台をつくる(中編)

 斎藤奏(さいとう・あかな)

 

米国クリパルセンター公認クリパルヨガ教師。東京都生まれ。2006年、体調不良によりヨガを始める。2017年、全身に痛みや痺れを感じる「線維筋痛症」を発症するが、養生と漢方治療、ヨガの実践により、自己否定や恐れが病気を引き起こしていることに気づき、病気を克服。20191月、米国クリパルセンター公認クリパルヨガ教師となる。現在は、漢方医の中田英之氏とともに日常の養生とヨガの実践を通して健康づくりを行う「養生ヨガ」を提唱。オンラインでのヨガクラスを行う。https://yojyoyoga.thebase.in/about

繊維筋痛症を発症。痛みが「自分自身で在れ」と教えてくれた

 ーー線維筋痛症を発症してからは、どうされたのですか?

 

斎藤 初めはリウマチ内科を受診しました。そして知人の紹介で、漢方医の中田英之先生のところに行きました。

 

初診では、中田先生からはただ一言、「今日から、お酒は一滴も飲まないでくださいね」と言われました。

「あなたの問題は『脾胃(胃腸機能)』にある。消化物が渋滞しているんだね」と。

私はもともとお酒が好きで、当時も身体の緊張や痛みをゆるめるために、家事をする前によくお酒を飲んでいたんです。だから、全身が浮腫んでいて、身体はずっと重かった。

けれどその時は、まさか身体の痛みと胃腸機能が関係しているとは思いもしませんでした。

 

 ーーそうなんですね。

 

斎藤 中田先生は、「これを今日から実践してください」と、養生法が書かれた黄色いチラシを渡してくれました。

 

黄色いチラシには、こう書いてありました。

 

●食事

・パンよりお米

・甘いもの(砂糖)、果物、乳製品の摂取を控える

・温かいものを飲もう!

 

●運動

・ぞうきんがけ15

・朝昼晩に深呼吸

 

●生活

・お腹が弱い人は腰を温めよう

・寝るのは22時、早起きはOK

 

●入浴

・足湯15

・入浴

・毛穴を閉じて湯冷め防止

脾(消化力)が弱い人向けの養生法が書かれたチラシ。思い当たる人は今日から実践しよう!
脾(消化力)が弱い人向けの養生法が書かれたチラシ。思い当たる人は今日から実践しよう!

 ーー意外とシンプルですね。でも、自分だったら続けられるかな…とちょっと思いましたが(笑)。

 

斎藤 (笑)。私も一瞬、「えっ」と思ったんですけど、痛みには変えられません。

その日からお酒は一切やめました。言われたことをきっちり守り、実践しました。

 

ーーえらいです。

 

斎藤 それだけ困っていたんです。痛みが足に出ると、スーパーの買い物や家事もつらかったので。

チラシに書いてあることを実践したら、2週間くらいで身体が軽くなってきました。

水を出す漢方薬が処方されたので、尿もたくさん出ました。すると、身体に「重い質」がなくなって、動き出せる身体になってきたんですね。

自分が感じている、見ている世界も変わってきました。目に映る景色が明るく感じられてきて。

 

診察を受け始めて半年後くらいしたら、身体は明らかに変わってきました。痛みの感覚が半分以下になったのです。

お酒のことはもちろんですが、主に砂糖を摂らなくなったこと、足湯をしっかりすること、温かいものを飲み、夜は早く寝ることでの変化が大きかったと思います。

 

それまでは身体の痛みが辛く、なかなかヨガをできなかったのですが、痛みがない日はヨガを再開できるようになりました。

それは、私にとって、とても大きなことでした。

 

ーーほんとうによかったです。

 

斎藤 はい。養生によって自分の胃腸機能を取り戻すと、身体が安定してくる感覚を感じました。

「これが、私の土台なのだ」と。

大地にグラウンドする感覚です。

 

土台が安定してくると、自分の身体に気づきが向く。

ただ身体を感じていることができるのです。

そして、内面にも気づきが向くようになってきました。

「養生の実践は、まさにクリパルヨガでやってきたことだ」と、ハッとしました。

 

そしてヨガの練習ができるようになるくらいに回復すると、ようやく身体の感覚――つまり、痛みが起こった原因にも目が向き始めるようになりました。

 

「そういえば、『痛みがあるとき』と『痛くないとき』で、私の内面で起きていることに違いはあるんだろうか?」って。

身体は痛みを通して私に何を伝えているのか。

私は一体どうしたいのかという問いかけを、自分自身で身体を通して観察するようになってきたんです。

 

ーーうん。

 

斎藤 そうして、くり返し、ヨガを実践しながら自分に問いかけたとき、もちろん機能的なこともありますが、痛みは、私が「自分自身の本当の声」を抑圧したときに起きているんだ……と気づきました。

ーー痛みは心からのサインだったんですね。

 

斎藤 はい。そこに気づいた時に、「これほど辛い痛みを与えてまで、私の身体は、私に何を教えようとしてくれているんだろう」と初めて思いました。

ようやくそこに向き合えたんです。

 

私の身体は、「私はそのままで安全で、平和で、満たされた存在である」ということを、

ほんとうは、痛みを通さずに、私に知ってもらい、認めてもらいたかったんだと思います。

 

ーーうん。

 

斎藤 「自分の痛みを通して自分を知る」ということは、なかなかパワフルなことでしたが、私にはそれがどうしても必要でした。

身体の痛みが外の環境と関連して起こっていることがわかってきたとき、自分の力で自分を変えていく本当のプロセスが始まりました。

 

自分の本当の願いが「身体」でわかったら、行動できるようになったんです。

このプロセスには、クリパルヨガをルーツとしている、フェニックスライジングヨガセラピーの一般コースを三浦敏郎先生の指導で受けたことも大きくて。気づきと変容のスピードを促進させたと感じています。

 

夫婦や家庭の問題を、公の機関に相談にも行きました。

自分が困っていることを初めて言葉にして。

 

それまでは、何に自分が困っているかもなかなか気づくことができず、目の前のことに必死だったのですが、誰かに、とくにプロフェッショナルの方々に相談できたことで、人生の選択肢がどんどん広がっていった。

それはとても大きな発見でした。

 

「自立」というのは、「必要なときに自分の意思で人の助けを求められること」ということも知ったんです。

 

いろんな機関に相談しているうちに、自分を客観視し、課題や自分のやりたいことがどんどん明確にわかってました。

具体的には、私は「カサンドラ症候群」で、モラハラを受けているために自分の殻に閉じこもっていたのだということがわかりました。

ただ、それはあくまでも表面的なもので、問題は私自身の中にあることにも、ヨガを通して気づいたのです。

 

ーーすばらしい気づきですね。

 

斎藤 とても大変でしたが、その後離婚をし、線維筋痛症という病気から離婚を通して、自己変容のプロセスをすごいスピードで歩んできました。

今も、そのプロセスの途中に居ると思っています。

「養生」で身体の土台をつくり、「ヨガ」で自分に気づく

ーーいろいろなことを実践されたと思うんですけど、自分を取り戻したのは結局何がいちばん良かったですか?

 

斎藤 やはり、「養生」ですね。毎日の食事、睡眠、生活習慣を整えることがいちばんです。

薬を飲むだけでは、本質的な健康に近づくことは難しいと感じます。とくに、ストレスや不安、憂鬱感など、心の問題と身体の問題が絡み合っているときは。

それは、私自身の体験で実感しました。

 

薬は、もちろん急性期など必要な局面もありますが、その人が本来解決できる本質的な問題を隠してしまうことともつながります。

私は、心の問題の多くは、養生で変化のきっかけをつかむことで自然と解決に向かうと考えています。

消化力=アグニが安定していない状態では、身体は未消化物を溜め、重くなり、変化を嫌い、頑なになります。「自分にとって必要なこと」と、「必要でないこと」の識別が難しいのです。

 

アーユルヴェーダでも「病気はすべて、弱ったアグニが原因だ」と言います。アグニが安定しない状態では、本質的な健康=自己探求や自己実現は難しいです。

 

ーーたとえば、どうやって胃腸を整えていけば良いのですか?

 

斎藤 軽い不調であれば、まず、不規則な生活リズムを規則正しくすることからスタートすると良いと思いますね。

生活リズムと消化力は関係ないと思うかもしれませんが、現代を生きる私たちは基本的に「動き過ぎ」ているんです。

 

私たちの行動によって、私たちの身体や心はつくられますよね。

22時に就寝して、朝は遅くとも6時に起きること。これだけでも変わります。

 

あとは、食生活。

お腹がすいていないのに食べたりせず、空腹を感じたときに、腹8分目の食事を摂る。

ステイホームで自宅に居たり、身体を動かさず、空腹を感じないのであれば、1食抜いても問題ないと思います。

  

ーーたしかにそうですね。

 

斎藤 病院にかかるほど体調が悪い場合は、悪い生活習慣を断っていくことが必要ですね。

プラスして「何かをするより」は、すでに習慣になってしまっていることを「マイナス」していくほうがいい。先ほどのことと合わせて、中田先生の「養生のチラシ」の実践が要だと思います。

 

白湯を飲む。砂糖・果物・冷たいものを摂らない。

足湯で身体を温める。夜は22時までに寝る。

疲れを感じる前に、深呼吸をする。

頭を使うのではなく、身体を動かす時間をつくる。

それからできるだけ作りたてで、温かく、消化に良いものを食べる。

 

とくに、毎食温かいスープを摂ることを勧めます。満足感が得られて、身体が滋養されますから。

野菜のサンバル
野菜のサンバル

斎藤 こうして話してみると、特別なことではないように感じますよね。

 

ーーうん。そうですね。

 

斎藤 けれど、当たり前の生活が現代の私たちには難しい。自分の食生活に気づきを向けてみると、意外とこれらから離れていることに気づきます。

消化にエネルギーを使いすぎると、回復や休息にエネルギーが使えません。

 

養生を実践すると、心身の回復のスピードが上がり、身体は「本来あるべきところ」に戻っていけます。

私は、ヨガや瞑想が活きてくるのも、養生があってこそだと思っています。

 

「養生」が、自己変容のプロセスにつながるのは間違いありません。

 

後編ー「消化力」とは自分に気づき、必要なものを能動的に取捨選択する能力 に続く)