2020年6月、新型コロナウイルスによる非常事態宣言が解除され、全国的な自粛が明けようとしています。この間、皆さんどのように過ごされたでしょうか。そしてこれからどのように自分と、社会と関わっていくことを考えていらっしゃるでしょうか。
その答えは1人ひとりの中にしかありませんが、今回ヒントを求めて、トラウマセラピストの藤原ちえこさんに有事における心身の扱い方についてお話を伺いました。
取材日は4月下旬。公開(6月中旬)がすっかり遅くなってしまいましたが、今後の参考になれば幸いです。
自分の感覚を信じること、自然とつながること―ソマティック的アフターコロナへのアプローチ―
藤原ちえこ(ふじわら・ちえこ)
カリフォルニア州公認サイコセラピスト。臨床心理士。ソマティック・エクスペリエンス認定プラクティショナー(SEP)。Art of Feminine Presence (AFP) 認定ティーチャー。新聞社勤務後、シュタイナー教育を学ぶためにイギリスに留学した後、アメリカでカウンセリングと心理学を学ぶ。さまざまなセラピーやワークに触れて自分自身を癒し、その経験を活かしてセラピーを行なう。自称癒しオタク。
著書に『本気でトラウマを解消したいあなたへ』(日貿出版社)、訳書に『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』(雲母書房)等。札幌と大阪を拠点に、対面セッションとzoomによるオンラインセッションを行う。https://premamft.com/
自分の内面が荒れていると人は荒れた情報を収集してしまう
――今は4月下旬、自粛の真っ最中です。私は自分が夢の中にいるというか、時間が止まっている感じがあります。こういう時は肉体的、身体的に、トラウマになりやすいのでしょうか?
藤原 私の家にはテレビがないし、新聞も読まないんですよ。情報源はソーシャルメディアしかなくて。ソーシャルメディアは自分が読みたい情報しか上がってこないし、そもそも私は普段からあまり情報を入れないようにしているので、世の中がどういう状況か、肌身で分かっていないかもしれないです。
――ストレスはあまり感じていらっしゃらないのですか。
藤原 いえ、ストレスはものすごく感じています。娘をちいさなオルタナティブスクールに通わせるため、4月に札幌から大阪に引っ越して来たばかりなのですが、入学式前日に緊急事態宣言が出たため、入学式は自宅でzoom、その後の授業も全てオンラインになりました。娘のオンライン授業につきあいつつ自分も別室でzoomで仕事する・・というのは、本当に毎日綱渡りで。
――娘さんは特に自粛のストレスはないですか?
藤原 ありますよ。それは彼女自身のストレスというよりも、私のストレスが影響している部分が大きいと思います。ストレスを感じているときは人間の本性が一番現れる。元気なときなら取り繕って隠せるところがむき出しになっている感覚があって、家の中だと特にそれが容赦なくさらけ出されてしまう。
そもそも子供は親の地雷を踏むのが得意です。いろんな手段でこちらのバウンダリー(境界線)を侵してくるので、私も娘にひどい態度をとってしまいます。それが普段の3倍くらいになっているので、娘はかわいそうですね。
――ずっと一緒に閉じこもっていたら、ピリピリしやすくなるかもしれないですね。
藤原 今は全国的に児童虐待が増えているのではないでしょうか。それは私自身の体験からもそう思います。
私は自分の今の状態が相当やばいという自覚があるので、数日前に学校宛てに、自分の現状の説明と、早期の登校再開を懇願するメールを送ったんです。そうしたらスタッフ会議で検討してくれて、週に2回だけ、低学年の子供を1日2人ずつ学校が受け入れてくれることになりました。明日、娘は学校に行けるんです。登校しても教室には彼女1人しかいないし、タブレットでの自習ですけれど。
――良かった!
藤原 現在、セラピーのセッションもすべてzoomに切り替えています。もともとセッションの3分の1はzoomでやっていたので、仕事には支障はありません。私の友人たちも、無料のオンラインのヨガクラスや気功クラスなどを世界のあちこちで開催してくれていて、そういうクラスにも参加してはいるのですが、バーチャルのつながりだけだと、自分の中の何かが疲弊していく感覚があります。
――今は、世界がコロナだけでまわっている感じがして、とても疲れます。
藤原 テレビや新聞ばかりを見ていたら、世の中はコロナ一色だと感じてしまうでしょうね。
神経系的にいうと、恐怖にとらわれていると恐怖をあおるような情報しか入ってこなくなります。それによってさらに恐怖が強化されるので、悪循環です。
これは私のクライアントさんによくある話なんですけど、自己評価が低い人は、周りからの批判に対してものすごく感度の高いアンテナを常にめぐらせていて、相手のちょっとした言動を勝手に「否定された」と解釈してしまったりします。
一方で、褒め言葉をもらってもそれは全く自分の中には入ってこない。「自分は醜い」と信じている人は、誰かが「あなたは本当にきれいですね」と褒めてもスルーしてしまうのです。
――とてもよくわかります。
藤原 人間には、「今の自分の内側の状態」を反映した情報しか入ってこないので、トラウマセラピー的に言うと、災害などの有事に不必要な情報を入れないことはものすごく重要です。
昔ロサンゼルスで地震が起きた時も、トラウマ症状が一番出たのは、家に閉じこもってずっと災害のニュースを見ていたミドルクラスの人々だったそうです。東日本大震災のときも、ポーランドで津波の映像を見た人がPTSDのような症状を発症したとか。もともと神経系の自己調整力が低い人は、ネガティブな情報に接するだけで、トラウマ的な症状や神経系が活性化しやすいのです。
――それは気をつけたいです。
藤原 情報を発信する側も同じです。発信内容を見ていると、全員が「発信する人の内面の状態を反映した情報」を出してきているなと思いますね。
ですから、「コロナは怖い、伝染するかもしれない」と思っていると、そういう情報しか入ってこなくなります。そして、自粛していない人を攻撃するということが起きてしまいます。
これは私の単なる直感ですけれど、ウイルスはすぐには収束しないと思うんですよ。たぶん年単位。いっときは我慢できても、ずーっと自粛するのは神経系的にムリだと思います。こういう状態が続けば、バーチャルな世界はどんどん刺々しくなって、お互いを攻撃することがどんどん増えてきます。
「現状の社会システム」と異なるシステムを持つことが大切
――恐怖にとらわれずに、上手に混乱を乗り越える方法はあるのでしょうか。
藤原 3月まで私が住んでいた北海道では、半分自給自足の暮らしをしている人がごろごろいるのですが、そういう人たちはコロナで外出自粛になっても普通に暮らしていますね。
どの人たちも周囲にあまり家がなくて、3密な感じもないから、今までどおり家に人が訪ねてきたり、皆で森にでかけたり、散歩に行ったりしているみたいです。
――はい。自然の中にいるだけで、有事のストレスは格段に薄れる気がします。
藤原 うん。田舎に住んでいる人の方が、こういうときに絶対に強いなと思いますね。私は札幌で、毎週水曜日に山に登る女性の会に入っていたのですが、そこに集まる女性たちはすごい人たちばかりでした。
普段からバリバリ山に登っていて、トレランの大会で男性を抑えて上位に入賞する人とか、食べられるきのこを何十種類も知っている人、自宅の庭で養蜂をしている人など。みな毎日のように山に行って、春は山菜、秋はきのこや山葡萄を採取しています。
毎年春先には、白樺樹液を採取してみんなでしゃぶしゃぶをやったり、イタヤカエデの樹液を煮詰めてメープルシロップを作ったりもします。
――楽しそう~!
藤原 私は彼女たちを、「山魔女(やまじょ)」と呼んでいるのですが、今回のコロナも50代以下の山魔女たちは全く意に介さず、毎週水曜日にはみんなで普通に山に登っていました。学校がないので子ども連れで。
一昨年の9月に北海道で地震があったときも、長いところでは3日くらい停電したけれど、誰1人動揺しなかった。みんなで集まったときにも「昨晩は(停電のおかげで)星がきれいだったねー」という話で盛り上がったり。
――めちゃくちゃ格好いいです。やっぱりそれは、私たちの大多数が生きている社会ではない、別の世界を持っているから強いのでしょうか。非常事態宣言が出てから、「今までの何かから抜ける方法」をずっと考えています。
田舎暮らしをしたり、シェアを広げたり。
もっと違う価値基準や違う世界で生きると良いのかなと。
違う世界の知恵、生きる手段。平凡な発想かもしれませんが。
藤原 そういう意味では、本当に良い機会ですよね。絶好のチャンス。私はこういう有事にどんな人たちが強いのかを、とても興味深く見ています。経済活動から外れた人たち、何でも自分で賄ってお金以外のところで助け合ったり、ネットワークがある人が強い。私の周りには幸い、そういう人たちがたくさんいます。
生身の人との接触がないと人間の神経系は死んでいく
藤原 オンラインのみでやりとりをたくさんしていると、私の身体感覚の一部がどんどん死んでいっている感じがあります。今こうやってお話しているのもzoomですし。生身の人間と直に接触するということは、人間が生きていく上で不可欠なんだなというのはありありと感じています。
――そうですね。どんどんからだが鈍くなっている感じです。
藤原 ウイルス問題は数ヶ月では収束しないと思うので、「ウイルスに感染するリスク」と、「生身の人間との接触がないために下がる免疫力」は、絶対にどこかで天秤にかける必要があります。これは自分の価値観をどこに置くかという話ですね。
人間は社会的な生き物なので、社会的なつながりがないと生きていけません。
社会的なつながりは神経系レベルで起きているので、生身の人間が同じ空間にいて初めて起こります。
私には娘がいるので、彼女の体温を感じることができるけれど、生身の人間との接触がない1人暮らしの高齢者の方などは、どれほどストレスが溜まっているかと想像します。コロナで亡くなる人が多いのか、孤独な状態に置かれてストレスで亡くなる人が多いのかは、ちゃんと統計をとったほうがいいと思います。
――震災のときも、被災して慣れ親しんだ街を離れたために、孤独が原因で亡くなった方も多いと思います。
藤原 アメリカにハートマス研究所という研究所があって、心臓の電磁場の研究をしているのはご存知ですか?
心拍変動(HRV)という指標があって、人間は息を吸うときと吐くときで鼓動の数が違うのですが、その差が一定の数値以内に保たれている状態を、同研究所はコヒアラントな(一貫して調和の取れた)状態と呼んでいます。「自律神経が整っていて穏やかな状態」とも言い換えられます。
コヒアラントな状態の人は、その場にいるだけで、自分の半径数メートル以内の人に良い影響を与えることができるという研究結果が出ています。
一言も会話しなくても、何となく近寄っておしゃべりしたくなる人と、近づきたくない人って分かるじゃないですか。人は常にエネルギーレベルでコミュニケーションをとっているということですよね。
――優しいオーラを感じるみたいな。
藤原 コヒアラントな状態は、zoomの画面を通じても伝わってくる場合もありますが、皆が皆、バーチャルでそれをキャッチできるとは限りません。だからやはり生身の人間が触れ合うことが必要ですよね。
(後編ー地球環境とトラウマセラピーの類似性 に続く)
インタビュアー/半澤絹子 2020年4月下旬 zoomにて